[ハチミツ]
忘れられるのだろうか。
忘れてやる。
忘れる。
忘れたくない。
忘れないでほしい。
失いたくない。
濡れた指は宙を掴み、間から空気が洩れる。
あんたのくちびるのそばで息を殺しながら、少しだけ泣いてみた。
なんでこんなに近づけてるのに。ちかくであんたのいきづかいが聞こえるのに。俺の一番ほしい言葉は聞こえない。
嘘でいいんだ。嘘でいいから愛してるといって。俺とは関係ないなら、俺がどうでもいいなら、そのくらいの嘘平気でつけるはずだろ。よわむし。
くりかえす呼吸。心臓がきしむ。ためいきは蒸気する。
最後。これでさいご。最後くらいはつながりたいと俺がいった。あんたは乗り気じゃなかったけどね。あぁ。最後だよ。この微熱。最後。なんどもなんども触れる。かたい二の腕の肉。髪の毛。柔らかいくちびる。それが薄くひらいて漏れる、興奮を煽るだけのためいき。汗ばむ頬。手首。肩。くびすじ。脚。腰。指。あんたの最中の口癖。吐息。俺が何かを喋っても効く耳を持たずただ吐息を漏らす。そんな冷たいあんたも好きだったんだよ。つっぱってるとこがたまんないだなんて考えていたんだよ。
肌に唇をくっつけてできるだけ優しく長く吸う。赤い痕を見下ろして、薄く微笑む。一生消えるなと願をかける。へたくそなキスと前にあんたに言われた、そんなキスをして。最後。口の中。あんたの舌はひどく冷たいね。
「愛し…」
愛してるといいかけた。結局それはすぐ喉の奥で押しつぶされてしまった。俺の愛にだって終りがあるのかもしれない。
最後。あんたが俺の部屋に泊まる最後の時。報われないのならいっそ触れたかった。バカだといわれたって。だって後悔すると思うから。後で、多分。
いつもしていたように、お互いの呼吸が整うのを確かめながら、肩を寄せて、俺があんたの髪を撫でる。あんたは俺の胸らへんに顔を埋めて俺の、後ろ髪をいじる。その仕草が好きだった。名前を呼びたい。苗字じゃなく名前を呼びたい衝動。けれどやっぱり心の中だけにしておこう。心の中で何度も呼んでおこう。あんたの俺を呼ぶ声を思い出しながら。
意識が遠のき、そして戻る。離れる微熱を感じる。急激に冷めてゆく指先。シャツを羽織ってジーパンをはいてなんのためらいもなく出ていくあんたをただ見送るしかない俺は一体なんなんだろうね。俺は一体あんたのなんだったんだろうね。俺にいきていく意味はあるのかね。
「ふふっ」
笑いながら泣くと、ちょっと死にたくなって困った。ここで死んでもどうにもならない。あんたを困らせたくはないよ。あんたよりも好きな人、見つけてやりたいんだ。見つかるはずもないけれど。
午後の光が顔に刺さる。瞼は閉じたがっていた。あんたが昨日舐めていた、机の上のハチミツは溶けていた。
いっそのことこのまま世界が終わればいい。
20040822